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Selfishly

Selfishly

act7 「袋小路」


at the Truth in the Mirror Image



act8 「袋小路」


「・・・何と、彼らがそんな事に・・・」

ロイからの話に、痛ましそうに瞳を歪めて絶句している医師に、
ロイは、無言で頷く。

「そこで、あなたのお力を貸して頂きたい。
 私は、いえ、私達は何としてでも、彼らをここに戻してやりたいのです」

暗い闇の双眸に、強い意志を閃かせて話をする相手に、
マルコーは、しばし無言で相手を検分する。

「・・・少しだけお伺いしても?」

控えめな口調ではあるが、強請の意図を含ませて告げられてくる。

「何なりと」

ロイの中では、すでに心は決まっている。
話せるべきことは、隠す必要はない。 出来るだけ正確に、真実を伝え、
彼に協力をしてもらわねばならない。

「あなた、いえ、あなた方がそこまで彼らに拘る理由をお聞かせ頂けますか?」

軍の高官のロイを相手にも、怯まない姿勢で、マルコーは窺ってくる。
その返答次第では、どれだけ協力を強制されても、答えないぞと言う気概を滲ませて。

彼自身、軍から逃げ出した経歴を持っている。
軍の汚れた裏の部分を知っている本人にとっては、協力しろと言われても
はい、そうですかとは返答が出来ない、いや、したくないのだ。
エルリック兄弟に浅からぬ付き合いがあり、何度も窮地を助けてもらってきた。
それも、彼らの立場も、身体も張って。
眩しいばかりに真っ直ぐな子供たちだった。
短い触れ合いの時の中でも、彼らが背負う宿命の重さと、
それに力強く立ち向かう姿勢は、マルコー自身の人生の中でも、
強烈な印象を植え付けている。
逃げる事ばかり考え、そして、そうやってきた自分を
彼らは、立ち上がる勇気を分け与えてくれた。

だからこそ、今度こそは守られるだけではなく、
彼らの為に、自分の信念をかけて協力してやりたい。
例えそれが、この目の前の軍人の望む方向とは逆であっても。
・・・戻ってこない事が、彼らの幸せに繋がるなら、
 協力は絶対に、しない・・・そう、心で誓いながら、
目の前の男が口を開き、語りだした事を真剣に注意深く聞く。


「彼、彼らは、望んであちらに行ったのではありません。
 そうできるのが、自分達しか居なかった・・・、この世界の平穏の為の
 犠牲者です。 私達は、彼らの犠牲の上で、今、生きて過ごしています。
 彼らが自分が呼んだであろうと信じている災いの償いの為に、
 あちらへと行かざるを得なかった。

 向こうで、彼は啼くのを耐え忍んで生きています。
 啼くことさえ、諦めて・・・。
 そんな事をする資格なぞ、自分には無いと言うように。

 彼らがあちらに行ったのは、1部の人間の極秘です。
 当然、軍の上層部などには、話す気もありません。
 軍で知っているのは、彼らを戻したいと心から願っている、
 私の腹心の者達ばかりです。
 
 この世界の為に、彼らの犠牲が必要と言うなら・・・、
 私は、そんな世界などなくても良いと思っています」

静かに語られて行く言葉には、嘘も誤魔化しもないように聞こえる。
そして、抑えられてはいるが、滲むように溢れている気配には、
彼の子供たちに向けている強い愛情のような、哀しみのような想いが伝わってくる。

マルコーは食い入る様に相手を凝視し、言葉の真意を探ろうとするが、
話し終えて静かに自分を見返す瞳にも、居ずまいを正した姿勢にも、
僅かにも濁るところがない。
純度の高い泉のように、底の底まで曝け出し、覗き込む者が、
全てを見通せるように、彼は全てを開け放している。

「彼らが啼いていると言うのなら、私の助力は惜しみません。
 私は彼らに多くの助けと、沢山のものを貰った。
 私の力で返せる事ができる時がきたと言うのは、
 心から嬉しい事だと思います」

マルコーの決意を示した言葉に、ロイは、では、と乗り出す。

「協力して下さるのですね」

「私は軍には何度もだ騙され、脅されてきました。
 だからと言うわけではないのかも知れませんが、
 軍の人間の種類を嗅ぎ分ける事が得意になりましてね。

 どれだけ優しいふりを装って甘言を吐いても、
 濁っている者からは、腐臭のように漂う匂いがします。
 誤魔化しても、隠しても隠し切れない匂いがね。

 が、私を迎えに来た軍人にも、あなたにも、
 そんな匂いは一切ない。
 普通の人々とは違うでしょうが、真っ当な者と
 さして変わりがない。

 だから、私は私の直感を信じる事にしましょう。
 軍の為ではなく、あの子達を想う、あなたとあなた方の為に
 協力をします」

マルコーの言葉に、ロイは深く頭を下げた。
彼が疑心を募らせているのは、仕方の無い事なのだ。
家族を人質に脅し、彼の人生を振り回してきた軍が悪すぎたのだ。
それでも、力を貸してくれる決心をしてくれたのは、
今はここに居ない子供たちの生き方の偉大さだろう。

「ありがとうございます。
 あの子達を呼び戻すために、どうかお力を貸してください」

誠意を尽くすロイの姿勢に、高飛車な軍の人間を良く知っているだけあって、
少々、戸惑いを感じ得ない。

「差し出た事をお伺いしますが、一体、彼らとあなたの関係は?」

マルコーとて、軍の関係者だったのだから、
彼らと、この男との関係を知らないわけではない。
が、一介の後見人、上司の立場からしては、
度外視されるほど、深い関係が窺えるのだが・・・。

ロイは下げていた頭を上げると、相手をしっかりと見つめ、

「彼ら・・・いえ、正直に言えば、
 エドワード・エルリック。 彼は、私の生きる存在理由そのものです。
 彼の居ない世界には、私にとっては何1つ見出せなくなるほどの」

それが失われてから、ロイは自分の中のものが、少しづつ形を変えて、
歪んで行き始めているのを痛感していた。
目に映すものは、光を失い、ただただ、古ぼけた映像のようにしか映らず、
聞こえるものは、煩く煩わしい騒音ばかり。
温かさも、寒さも、酷くぼやけた感覚しか伝えず、それさえも、どうでも良いように
無気力に受ける自分が、果たして、人なのか幽鬼なのか。
現実と夢の狭間で、日に日に現実には関心を失い、夜毎日毎見る、
昔の日々を繰り返し、その中に浸りそうな自分がいる。
目覚める事が億劫になっていく自分が、いつ、覚めずに夢に取り込まれる事になっても、
その頃には、自分自身にさえ関心がなくなっているかも知れない。

全てを失い、手遅れにならない為にも、
必ず彼を、この世界に、この手に取り戻してみせる。

ロイが己の決意を胸に誓っている間、マルコーは静かに、医師の目で相手を見ていた。
自分の専門ではないので、詳しくはわからないが、
この目の前の男が、見えぬ体の中に病を負っているのだろうと思う。
医師では助けられないような致命傷の傷・・・大きな空洞を身の中で。


マルコーの了承を得ると、ロイはすぐさま行動を映す。
まずは、既に手筈を整えていた研究室を案内し、
足りない設備をないかを確認してもらう。
軍には秘密に動いたのだから、当然、軍内部や敷地にはなく、
ロイが用意した場所だ。
家も、設備も、全てロイの私財で賄ってある。
名義は、用心に用心して、実在・架空の複数の人間を関与して
購入してあるので、今後、そこから辿られる形跡は、
綺麗に消されている。

莫大な費用がかかった事は、室内を見回すだけで解る。
これだけの最新式の設備を整えている研究所は、
軍でも、そうそうないだろう。
ロイは、さして関心もないようで、全てが終わった暁には
これらは全て、マルコーの診療所に寄付すると告げた。
それだけでも、マルコーにしてみれば、眩暈がしそうな話だ。

「では、足りないものはいつでも私か、私の紹介した部下に
 言ってくだされば、即時用意します。
 で、次は遺跡へ案内をしましょう」

マルコーが状況も忘れるほど、室内の設備に目を奪われていると、
踵を返して部屋を出て行くロイを、慌てて追いかけていく。

車で移動している間に、ロイは今までの経過と考察を話していく。

さすが、国家錬金術師の第1人者だけあって、詳細な研究結果は
疑問や、文句の付けようも無いほど、緻密に調べ上げられている。

廃墟への入り口は、軍で立ち入り禁止にしている地区にある。
ロイが馴れた足取りで進んでいくのに、マルコーが必死になって付き従う。
そして、現実の建物の中から、地下に広がる廃墟の街を見た時、
マルコーは、半信半疑だったロイの話が、事実であるのかも知れないと
思わせられるほど、異様で、神聖な後景だった。

大きく広がる空洞に、すっぽりと治まっている街並みは、
そこに人の行き来があれば、地上の街と何ら変わりなく生きて活動しているように見える。
が、見えるだけなのだ。
壮大な建物が並び、小さな民家が連なり。
しかし、そのどこにも、生きて存在しているものが感じられない。
動かない気配に、無音で佇む街は、等身大の模擬のようだ。

「ここからは、足元に気をつけて下さい。
 地面が掘り返されている場所も多くなります」

ロイが灯しているのか、行き先々で灯りが路を示している。
破壊がなされたのか、周囲には崩れた建物が増えてくる。
そして、ポカリと広がった空間で、先を進んでいたロイが足を止めた。
そして、黙って、じっと地面を見やっている。

「?」

遅れて着いたマルコーが、ロイが見つめている場所を見ると、

「これは・・・」

「ええ、練成陣です。 こちら側の」

そう言葉少なく答えるロイの瞳は、暗く懸ぶっている。

静かに膝を折ると、ゆっくりと練成陣を辿る男を見て、
小さな驚きを持つ。
愛しい者の頬を撫でるように、ロイは慎重に、優しく陣の中を撫でている。
その瞳には、言いようが無い感情を湛えた瞳が、
瞬きもせずに陣にのみ、視線と意識を向けている。

しばらく、そうやっていた男が、ふと夢から醒めたように
後ろで佇むマルコーに声を掛けてくる。

「今からこの陣を発動させます。
 発動している間は、私の意識はこちらにはありませんが、
 決して呼び起こしたりせず、目覚めるまで待っていて下さい」

それだけ告げると、最近で常に常備している小型のナイフを取り出すと、
全く躊躇いも見せずに、自分の腕をざっくりと切る。
深めに広く付けられた傷口から、見る見る間に血が滴って
練成陣に落ちていくと、溜まる事無く吸い取られていく。
呆気に取られたように、その有様を見つめていると、
陣は周囲を照らすように光りだし、ロイを取り巻くように輪を広げていく。

「!?」

思わず息を吸い込んだ彼が見たものは、
光りに纏われながら、陣に突っ伏していく、ロイの姿だった。






慣れてきた浮遊感の後、ロイはゆっくりと目を開ける。
実際は開けるといよりは、相手と同調させて行くと言った方がいいのかも知れない。
闇に閉ざされた視界がクリアーになると、金の光りが差し込んで
在りもしない瞼を眇める。

『エドワード・・・』

久しぶりに見る彼の姿だ。
ここ最近は、何回来ても、彼の姿を見ることは叶わなかったが、
今日は、どうやらこの男の所に戻ってきているらしい。

口を固く結び、眉を軽く寄せて向けられている表情に、
彼が、あまり喜んでいない事柄を聞かされているのが伝わってくる。

「エドワード、こちらが君らの戸籍とパスポートだ」

両者を挟んだ机の上に置かれた物に、エドワードは複雑そうな表情で
視線だけ向ける。

「心配する事はない。 これは、偽造ではなくて、正真正銘の戸籍書だ。
 パスポートも、どこでも通用する」

にこやかと言えるほどの笑みを湛えて、上機嫌に伝えてくる相手に、
エドワードは、問うような視線を向ける。

「いつまでも、戸籍がない状態では困るだろう?

 これで、君らは正真正銘、この国の住人になった」

「なんで・・・」

戸惑うエドワードの様子は、既に予想していたとうりだ。

「何故とは? 君がこちらで生きていくのに、戸籍は必要だろう?」

今は、身元のわからない彼らでも引き受けてくれた人達の好意で暮らせているが、
いつまでも、好意に縋るだけでは生きていけない。
それは、エドワードにもわかっていた事ではあったが・・・。

「これで、アルフォンス君も、勿論、君が望むなら君もだが、
 学校にも通えるようになるな。

 君らが利巧なのはわかっているが、この世界での学習も必要だろ?
 学校に通って学ぶ事は、手っ取り早い方法だよ」

正論だ・・・正論過ぎて、頷くしか出来ない。
でも・・・。

返答に淀むエドワードの様子に、ロイは静かに駄目押しを続ける。

「こちらで生きていくのに、学歴もないようでは困る事になる。
 君らが探しているものに関しては、わかっているが、
 それだけを考えてはおられないんじゃないのか?
 首尾よく見つけ出し、処分したとして、その後、どうやって生きていくつもりだ?
 
 現実に目を向ける事も必要だろう?」

暗に、目的の為だけに生きていく愚かしさを言われ、
エドワードは、固く目を瞑る。

今は、こちらのロイのおかげで、探索や生活にも困らずにおれる。
が、その後のことはと思えば、生きる術の職にさえ、
就けないのが現状だ。

自分一人なら、目的さえ叶えれば、本当はその後の事なんか、
どうでも良い気さえしていた。
けれど、アルフォンスは・・・。

エドワードは自分が巻き込んでしまった弟の面影を浮かべる。
元の世界のように、弟を守る術ももたない今の自分では、
彼を養ってやれる事もできはしない。
ロイの言う事は正論だ。 そして、自分達にはありがたい事なのだ。
そう思うようにして、瞑っていた目を開く。
開く束の間の時に、懐かしく哀しい面影が過ぎるが、
開いた瞳の向こうの相手を認めたとき、それは儚く消えていった。
『もう、逢えない奴なんだ・・・』

エドワードにとって、今目の前にいる相手が、
ロイなのだ。
大佐と呼んでいた男は、この世界には居ない。

心を整理する為に、1つ深呼吸すると、エドワードは机の上の書類に手を伸ばす。

「ありがとう、助かるよ」

口の端に笑みを乗せて、そう告げてくるエドワードは、
ロイは、心の中の思いとは逆に、同様に微笑んで頷き返す。

『なんて、表情をしているんだ。
 それほど還りたいのか・・・あちらの世界、いや、
 大佐と言う男の元へ』

エドワード自身、自分が浮かべた表情には気づいていないのだろう。
が、短くない月日を過ごしていくうちに、ロイには、エドワードの
表情から、彼が思い浮かべている事が、わかるようになってきた。
先ほどの表情は、絶望だ。
手にする事で、失うものに対しての。

それでも、何度、そんな表情を浮かべさせる事になっても、
ロイは、決して彼を戻しはしない。
ロイの胸を切り裂くような痛みを伴う、エドワードの表情も、
彼が戻れなくなる諦めを付けていく度に生まれるのなら、
これからも、何度でも何十度でも浮かべさせていく。
・・・そして、2度と、還ろうと思わなくなるまで。
 相手を、忘却の彼方に捨て去るまで・・・。


落ち着きを装い、ロイは何でもない事のように首を振る。

「いや、構わないよ。
 君らの為に出来る事があるなら、遠慮なく言ってくれ。

 そうだ、アルフォンス君に適している学校も調べてみたんだ」

ロイが、用意していたパンフレットと広げると、
エドワードも興味深そうに、覗き込んでくる。

「勿論、君も興味を持つ所があれば、
 一緒に通う事も出来るが?」

「俺も・・・」

ロイの問いかけに、自分の事など考えてなかったのが
丸わかりの驚きを見せる。

「そうだ。 何もアルフォンス君ばかりじゃない。
 君も学ぶのは好きそうだから、興味が湧くんじゃないのかい?」

「俺も・・・・」

向こうでは、学校に通っていたのは僅かな期間だった。
その後、学校と言うものに縁があるように生き方はして来れなかったから。

「そっか・・・俺も学校に行けるんだ・・・」

こちらで学んで、生きる術を見つける。
そんな事、考える余裕もなかったな・・・と考える。

「そうだとも。 それに、考えていたんだが、
 アルフォンス君が学校に行くなら、今の仕事内容では都合が悪いだろう?

 こちらに、情報部を作るんで、それを君が拠点に動かしてくれないか?」

「情報部を、俺が?」

「ああ、現地に行って直に調べるのもいいが、
 時間がかかりすぎるだろう?
 各方面に人材を派遣して、それらの情報を分析するほうが
 足がかりも見つけやすいと思う。
 
 それに、君の仕事も今後は出来れば、この国内の分析を主にしてもらえれば、
 会社にとっても、有益な情報が入ると思うんで助かるんだが」

「・・・そっか、そうだよな」

ロイの財団のネットワークを駆使すれば、瞬時に情報が入ってくる。
確かにエドワード達にしてみれば、願っても無い事だ。
自力で探し出すのは、この世界では手段の持たない彼らにしてみれば
難しすぎるとも思っていた。

「で、ついでに君らの住むところも考えてみたんだが、
 君らの探しているものの事を考えても、
 あまり、警戒の薄い事では危ないだろう。

 今後、どんな横槍が入るかも解らないしね。
 で、警備の関係上、ヒューズとも話していたんだが、
 私の屋敷に住居を移すのが1番じゃないか?」

その言葉には、さすがにエドワードも驚いたようだ。

「あんたの屋敷に?」

「ああ、私のとこならば、警備は完璧だし、
 秘密は保たれる。
 取引する相手にも、有効な点だと思うがね」

確かに、財団のTOPと同じ屋敷に住んでいるとなると、
対応する相手の態度も、豹変する事だろう。

「でも、そこまで頼るわけには・・・」

躊躇いを示すエドワードに、ロイは用意していた言葉を告げる。

「気にすることは無い。
 君が屋敷に来てくれれば、秘書のリザも遠慮なく仕事を持ち帰らせれると
 喜んでいたしね」

苦笑を含んで、仕方なさそうに話されると、エドワードも表情を緩め、

「なんだよ、俺はあんたの見張り役かよ」

と、おかしそうに言い返す。

「ああどうやら、うちの優秀な秘書は、家でも仕事をさせたいらしくてね、
 君に私設の秘書として、付いていて欲しいようなんだ」

そう告げながら、辟易しているように肩を竦めて見せると、
エドワードは、クスクス笑いながら、からかってくる。

「あんたが、仕事溜めすぎなんじゃないの?
 いい大人なんだから、仕事くらいきちんとやれよ」

そう諭してくるエドワードに、拗ねたような口調で言い訳を言う。

「そうは言うがね、朝から晩まで、厳しい監視の下で働かされてる身に
 なってみたまえ。 
 まるで、どっちが社長か社員か、わからなくなるぞ」

不満そうに自分の環境を愚痴る相手に、エドワードは同情の表情を作って
苦笑してやる。

「まぁ、上に立つのは、どこも大変だって事だよな。
 まぁ・・・、あんたが迷惑じゃなかったら、俺らは構わないけど。
 リザさんの期待に添える程、出来るかわかんないけど」

そんな風に話を流せば、エドワードが受けるであろうと事は
解っていたので、ロイはホッとしながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「そうかい? じゃあ、早速、リザには伝えておこう。
 君、あんまり書類を引き受けてこないでくれよ」

渋い表情で、そんな事を念押してくる相手に、
エドワードは、惚けたような態度を示す。

「さ~て、どうすっかなぁー。
 リザさんに言われれば、俺らじゃ逆らえないしなー」

「私には、散々、文句言うくせに」

恨みがましそうなロイの言葉にも、エドワードは明るく笑い飛ばす。

ひとしきり笑い合うと、ふと思いついたように

「じゃあ、ついでだから、部屋を見に来るといい。
 自分達の持ち物も処分しなくてはならないものもあるだろうから、
 先に見てから決めてはどうだい?」

「そうだよな、要らないものとか片付けるのもしなくちゃな」

「ああ。 持ってきたいなら、全部持ってきてくれても
 置いておくとこには困らないだろうさ。
 無駄に、部屋数があるからな」

「いや、そんな必要はないだろう。
 俺ら、荷物とか家具とか、対して持ってないからな」

「そうかい? じゃあ、逆に足りないものを追加した方がいいな。

 まぁ、どちらにしても、来て、見てみればわかるだろう」

そう言いながら、隣へのインターホンを押し、
退社の車の準備を指示する。

そして、エドワードを促すように、席を立つと、
エドワードも、性急なロイの行動に、不満そうにするが、
仕方なさそうに立ち上がり、付き従っていく。




『エドワード! そんな男に付いて行くんじゃない!』

声のあらん限り出叫んだとしても、エドワードには伝わりもしない。
ロイは、腸で煮えくり返りそうな憤慨を抱えて、
薄くなっていく後景に叫び、罵倒を吐く。

狡猾な相手は、さすがに自分と同じ要素を持っている。
人のよいエドワードなぞ、簡単に術中に落ちていく。
同調している相手の、高揚した感情の波に、吐き気がしそうな程の
嫌悪感を抱く。

何故、相手がこんなに喜びに満ち、自分は悔しさに歯軋りせねばならないのか!
彼は、エドワードは、こちらの世界の、いや、私のものなのに!

納まらない憤りは、もし相手の身体を自由に奪えるなら、
躊躇わずに八つ裂きにしているだろう。
これ程人を憎んだ事も、疎ましく思った事も、
生まれて始めての強さで、ロイを突き上げてくる。
憎んでも余りある程の負の感情は、これが自分の世界なら、
烈火のごとく火花を上げている事だろう。
ロイは、目の前を紅蓮の炎で真っ赤にして、
閉じていた目を開ける。

冷たい何もない地面が、更にロイを煽る。
啼けるなら啼いている。叫べるなら、咆哮を上げている。
返せ!戻せ!と。

両手を付いて身体を支えて起き上がってきたロイが、
爪が裂けるのも構わず地面に指をめり込ませ、歯を食いしばるように
身を震わせている。
ゆっくりと練成陣が再発動しそうになるのを、マルコーは横から
ロイの肩を叩き、手を上げさせる事で止める。

「連れ戻しましょう、彼らを」

そう励ますように言われた言葉に、ロイは重々しく頷く。

「必ず」

呟きは、重く、哀しく、無音の廃墟に吸い込まれていく。

マルコーは、先に歩く男の後ろ姿を見続ける。
醒めた彼の行動は、耐え切れない孤独に、身を苛まされて
崩れ落ちる寸前に見えた。
が、それは儚く消え去る事では終わらないだろう。
彼の身に宿る熱は、己だけでは飽き足らず、
その怒りを、哀しみの大きさを顕す為に、
周囲さえ巻きこぶ程の炎を生ませるだろう。

彼がそうなる前に、あの子供たちを呼び返さなくてはいけない。
彼らが身を挺して守ったこの世界を、燃やし尽くされない為にも。
この男に・・・。

マルコーは、今の自分の使命を悟る。
あの子供たちを、戻す為だけではなく、真実は、この目の前を歩く男を
狂気の世界に落とさない為になのだと。


[あとがき]

久しぶりの、ミラーシリーズ。
シリアスな展開は・・・話上、仕方ないですよね。
暗いの書いてると、なんだか、馬鹿話を無性に書きたくなる。
甘辛両党?


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